4-欲望を超える

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4-欲望を超える

欲望を開放する習慣-4

 欲望を超えるには、レスター・レヴェンソンの方法やホ・オポノポノのマントラを唱えることで、記憶を手放します。真我は、心 (マインド、時間・空間・物質、観念) を超えて、意識 (記憶、知識) を超えています。「私は誰か?」という、自分への問いかけは、意識を超えます。

    Excerpt from Rare Recording of Lester talking on the Ego and Realization
    自我と実現について話している、レスターの珍しい記録 (録音) からの抜粋です。

    Make your behavior that which a Master would do.
    「マスター (グル) のようにあなたの行動 (振る舞い) をしなさい。」
    The ego does not die easily, nor quickly. So do not become discouraged if you see that the ego doesn’t drop away quickly.
    「自我は、簡単にも早くも死ぬことはありません。 それであなたが、自我がすぐに消えないことが分かったら、落胆しないでください。」

    — 省略 —

    And this process must be kept up until there is no more ego. And that place where there is no more ego, there we find God. There we find our very own self.
    「そして、このプロセスは、自我がなくなるまで維持されなければならない。そして、それ以上の自我が存在しない (どんな自我もない所、) その場所で、そこに私たちは、神 (真我) を見つけます。そこに私たちは、自分自身の真我 (自己) を見つけます。

 自我 (欲望、記憶の集合体、実在でないもの) との自己同一化を手放します。手放すたびに、自由になります。常に、実在 (私は在る。I am. 完全で完璧なもの) に、焦点を合わせます。

 このような方法で、無意識にある前提や思い込み (執着や険悪の感情や考え) を、書き換えます。この方法では、小さな成功体験を繰り返すことで、自信になり確信を持つようになります。

無欲は、神の自己を構成します。

SESSION 12
DESIRE より

***
Every time one tries to satisfy a desire he creates a greater intensity of that desire.
This comes about because the momentary pleasure, which is inhering more in the Self due to momentary stilling of thoughts, is attributed to the object of the desire and therefore, one wants the object more and more, vainly attempting to satiate the desire, which is satiable only in being constantly quiet from thoughts. i.e., constantly inhering in the Self.

     一つの欲望を満たそうとするたびに、彼はその欲望 (欲求) の、より大きい熱気 (インテンシティ、強さ) を作り出します。これは、瞬間的な喜び (快楽の理由) についてきて、思考の一時的 (瞬間的) な静止 (stilling:シュティリング) により、真我 (Self:自己) に、多くをもともと存在している (内在している、継承している)。
     そして、欲望の対象に起因します。したがって、対象がますます必要になり、欲望を飽きさせようと (満腹にさせるように) 無駄に試みます。
     それは思考から、常に静かであり、それは存在することでのみ満足です。すなわち、常に真我 (Self:自己) に、多くをもともと存在している (内在している、継承しています)。

    注記:stilling:make or become still; quieten. シュティリング:作るか静止する; 静める。

***
The simultaneous fulfillment of all desires is in the finding of your real Self.

     すべての欲望を同時に満たすことは、あなたの本当の自分 (真我・Self:自己) を見つけることにあります。

    注記:すべての欲望を満たすという世界での行動に現れているのは、真我を見つける欲望 (欲求) です。真我を見つける欲望 (欲求) が満たされると、すべての世界での欲望は、満たされます。

***
Desire is a bottomless pit that can never be filled up.

     欲望は、決して満たされることができない底なしの穴です。(欲望を、いっぱいにすることはできません。底なしです。)

***
Desire constitutes the world and desirelessness con- stitutes the Self, God.

    欲望は世界を構成します。そして、無欲は、神の自己を構成します。

    注記:欲望があるから、世界が誕生しました。真我 (Self, God. 神の自己) は、無欲・無臭着です。

***
Desire is seeking the joy of being our Self through ob- jects and people. The mind originally creates the thought of need, or lack, which agitates the mind and covers the Self.
When the object is attained, the mind stills, the joy of your Self shines forth and this joy is attributed to the object, and the mind then goes on seeking the object as the source of the joy.
But the joy being not obtainable from the object, the mind seeks it more and more from the object and is never satisfied.

     欲望は、対象と人々を通して、私たちの自己 (Self:真我) であることの喜びを求めています。 心は本来、必要性または、不足の考えを作り出し、それが心を動揺させ、自己 (Self:真我) を覆います。

     目的が達成されると、心は静止し、あなたの自己 (Self:真我) の喜びが輝き、この喜びは目的に帰せられます。そして心は喜びの源として物を求め続けます。

     しかし、喜びは対象 (object:オブジェクト) からは得られず、心は、対象からますますそれを求め、満足することはありません。

***
Desire is the mother of all motion, the disturber of all peace.

    欲望は、すべての動き (運動、モーション) の母であり、すべての平和の邪魔者です。

***

 

体験 (経験) を越えて行きなさい

Talks with Sri Nisargadatta Maharaj – I_Am_That-51 より
51. Be Indifferent to Pain and Pleasure
51. 痛み (苦痛) と喜び (快楽) に無関心になる (より抜粋です。)

If you seek the Immutable, go beyond experience.

    もしあなたが、不変なるもの (不動) を求めるなら、体験 (経験) を越えて行きなさい。

When I say: remember ‘I am’ all the time, I mean: ‘come back to it repeatedly’. No particular thought can be mind’s natural state, only silence.
Not the idea of silence, but silence itself.
When the mind is in its natural state, it reverts to silence spontaneously after every experience or, rather, every experience happens against the background of silence.

     私が:「私は在る」を常に覚えていなさいというのは:「繰り返しそれに戻って来なさい」と言う意味です。
     特に考えは、心 (マインド) の自然な状態になることはできません、沈黙だけです。
    沈黙の概念ではなく、沈黙そのものです。
     心がその自然な状態にあるとき、それはあらゆる体験 (経験) の後に、自発的に沈黙に戻ります、むしろ、あらゆる体験 (経験) は、沈黙の背景に対して起こります。

Now, what you have learnt here becomes the seed. You may forget it — apparently. But it will live and in due season sprout and grow and bring forth flowers and fruits. All will happen by itself. You need not do anything, only don’t prevent it.

     さて、あなたが、ここで学んだことは、種になります。あなたはそれを、忘れるかもしれません – 明らかに。
     しかし、それは生きて、やがて生まれるであろうし、芽を出して成長し、花や果物を生み出す。すべては、それ自体で発生します。あなたは何もする必要はありません、ただそれを妨げないでください。

 

マントラはあなたに作用し、周囲の環境に作用します

マントラは、目的地へ行く道です。これを信頼します。
マントラは、最初のエネルギーを与える。
真我は、それを具現化する。
・マントラは主に、作用における最初のエネルギーです。
・それはあなたに作用し、あなたの周囲の環境に作用します。

 

解放する前提となるジニャーニの知識

Talks with Sri Nisargadatta Maharaj:I_Am_That_13 より概要です。

    13. The Supreme, the Mind and the Body
    13. 至高なるもの、マインド、身体


    ・個人というものは存在しません。あるのは、記憶と習慣の脈絡だけです。
    ・真我を実現した瞬間、個人は消え去る。個人は、観照者のマインド (心) に写った「私は在る」という感覚であり、存在の一つの様式です。
    ・ジニャーニ (真我を実現した存在) は、至高なるものです。そして、普遍的観照者でもあります。
     
    ・究極なるものだけが存在する。
    実在は、名前も形もない純粋な生命のエネルギーと意識の光だと理解した時、あなたは実在の深い静寂に浸り平和の内にあることだろう。

Talks with Sri Nisargadatta Maharaj:I_Am_That_22 より概要です。

    22. Life is Love and Love is Life
    22. 生命は愛、愛は生命


    質問者:マントラが唱えられるとき、まさに (実際に) 何が起こりますか?

    ・マントラの音が、形を作り出し、それが、真我 (大いなる自己:Self) を具現化 (体現) する。
    ・真我 (大いなる自己:Self) は、いかなる形も具現でき、 — それを通して作用する。
    ・真我 (大いなる自己:Self) は、作用の中にそれ自身を表現して、 — マントラは、作用における最初のエネルギーです。
    ・そのエネルギーはあなたに作用し、そしてあなたの周囲の環境に作用します。

 

解放する前提となるホ・オポノポノの知識

記憶が再生される過程です。
・感情に満ちた性質の思考が、ウハネ (意識) によってされた時、
 (注:何かが起きた時、何かに遭遇した時。何かを見たり、聞いた時。)
・この思考は、ウニヒピリ (心・潜在意識) に記録され、
 (注:何度も起きることは、習慣化される。)
・現実化されるために、アウマクア (宇宙的自己) に示されます。
 (注:宇宙は、反応します。そのことが、起こります。)
その思考がより強く、より粘り強いものであればあるほど、より明確にそれは出現する。
 (注:習慣になった思考に気づくたびに、クリーニングを繰り返して、記憶を消去します。)

● desire – 記事一覧 ●

http://add-spot.com/wordpress/tag/desire


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