悟りの段階 -5

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悟りの段階 -5

純粋な心-4. 一来果 (イチライカ)

 願望を実現するために、潜在意識を活用する方法は、数多くあります。輪廻転生を止めるための方法は、真我を実現する悟りの段階に入ることです。

 「宇宙の覇者 (王) となるよりも、預流 (ヨル) になるほうが尊い。」という表現があります。

     レスター・レヴェンソンのバッドメソッドでは、すでに、実現している (純粋意識である) が、今それを制限をしている潜在意識を純粋にする。
     方法としては、
     「6つのステップ」で、最初に、ゴール (目標) を完全な自由 (真我実現) に設定する。
     そして、
     「7番目のステップ」で、ジニャーニ (真我を実現した存在) のように考え、行動する。
     これにより、実現していないという無知 (記憶、感情、思考) を、意識の上にあぶり出す。無知は、観察をする (自己同一化を否定する) ことで消えていく。
     自己同一化を否定するには、
    「私?」「私?」「私?」と自問する。
    「私は何か?」と自問する。
    「私は誰か?」と自問する。
    「これは、私ではない。私は誰か?」と自問する。

 

    一来向 (イチライコウ) とは、ジニャーニの知識を理解しようとしているもの。
    ジニャーニの知識を理解しようとしているものとは、自己同一化を否定しているもの。

    一来果 (イチライカ) とは、ジニャーニの知識を理解したもの。
    ジニャーニの知識を理解したものとは、理解したことから、解放されて、自由になったもの。

 このような方法で、無意識にある前提や思い込み (執着や険悪の感情や考え) を、書き換えます。この方法では、小さな成功体験を繰り返すことで、自信になり確信を持つようになります。

輪廻転生という夢を見ている

 誰もが、幸福を求めています。幸福を求めるから、願望を実現しようとします。

 心 (マインド) の中では、欲望と恐怖は一体です。快楽と苦痛は一体です。四苦八苦は、心 (マインド) の働きである想像が、記憶を投影して作り出しています。

 「自灯明、法灯明」という言葉があります。ジニャーニの知識を法灯明 (明かり) として、黙想を自灯明 (明かり) として、沈黙へ入っていきます。

 心 (マインド) を自己観察 (識別すること) をして、無知を払い去ります。本来の自己ではないものと、自己同一化していることに気づいて、自己観察 (識別すること) をします。

     無知が一つ減るごとに、明るくなります。幸福になります。無知を払い去ると、自然に明るくなり、幸福が増します。無知が減ると、輪廻転生という夢から覚めます。

預流 (ヨル) は、悟りの流れに乗ったもの。自己観察 (識別すること) を続けようになる。

    1. ジニャーニの知識を得る。
    2. 黙想 (モクソウ) する。
    3. 気づきに気づくようになる。
    4. 沈黙 (チンモク) に入るようになる。

 ジニャーニの知識を得て、黙想 (モクソウ) することで、気づきに気づくようになります。
 悟りを得るには、恩寵 (オンチョウ) が必要です。グルを信頼することが、恩寵 (オンチョウ) につながります。恩寵 (オンチョウ) は、真我 (サットグル) から来ます。

 預流果 (ヨルカ) になって有身見・疑・戒禁取が消え、最大で七回、人間界と天界を行ったり来たりする間に涅槃に入る。

 

自分とは何か (五蘊)

 預流果では、有身見 (うしんけん:五蘊を自己とみなす見解) が錯覚だと知ります。その錯覚がなくなるので、一来果には有身見がない。一来果には、自分がいるという、そういう気持ちしかない。これは有身見じゃないんです。変化している自分、ということになってくるんですね。
一来果でなくなるのは、欲と怒りです。

注記:
五蘊皆空 (ごうんかいくう) とは?

 「五蘊」は、人の身体と精神を構成する五つの要素のこと。 全ての物質をいう「色」、感覚をいう「受」、心の中に浮かぶ像をいう「想」、欲求をいう「行」、意識をいう「識」の五つ。 出典 『般若心経』 類義語: 一切皆空 (いっさいかいくう)

 五蘊 (ごうん) の「蘊 (ウン)」は集まりという意味です。五蘊は、「人間の心身を構成している五つの要素」という意味です。五蘊は、色・受・想・行・識の5つです。色だけが実体・肉体を表し、その他4つは思い・感情です。

 「照見五蘊皆空 度一切苦厄」という言葉がある。「智慧を完成させる修行をしていた観音さまが、『五蘊』は すべて空であるということを照見されて、一切の苦厄を克服された。」という意味です。

    観自在菩薩行深般若波羅蜜多時照見五蘊皆空度一切苦厄。
    【書き下し文】
    観自在菩薩が、深般若波羅蜜多を行じし時、 五蘊は、皆な空なりと照見して、 一切の苦厄を度したまえり。

 中村元博士による五蘊皆空の解釈は:
 存在するものには五つの構成要素があると見きわめた。しかも、観世音菩薩は、これらの構成要素が、その本性からいうと、実体のないものを見とおしたのであった。

「般若心経」の冒頭は、
 観自在菩薩 行深般若波羅蜜多時 照見五蘊皆空 
(観自在菩薩が、深遠な知恵を完成するための実践をされている時、五蘊がすべて「空」であることがわかった。)


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