悟りの段階 -6

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悟りの段階 -6

純粋な心-4. 一来果 (イチライカ)-2

 一来果でなくなるのは、「欲と怒り」です。一来果は、「執着と険悪がとれたもの」です。自分の「執着と険悪」の動機を探ります。

     「あなたが動機の中に入っていけば、そこに愛を見出します。自分自身、自己への愛です。」

    一来果 (イチライカ) とは、ジニャーニの知識を理解したもの。
    ジニャーニの知識を理解したものとは、理解したことから、解放されて、自由になったもの。

 預流果 (ヨルカ) では、純粋な子供 (純粋意識) とつながり、真我の愛を引き出し、制限をしている記憶を消していきます。一来果では、「いかなる身体的、あるいは精神的状態とも、同一化不可能なのです。」に向かいます。

 このような方法で、無意識にある前提や思い込み (執着や険悪の感情や考え) を、書き換えます。この方法では、小さな成功体験を繰り返すことで、自信になり確信を持つようになります。

執着と険悪がとれたもの

     預流果では、有身見 (うしんけん:五蘊を自己とみなす見解) が錯覚だと知ります。

     一来果でなくなるのは、「欲と怒り」です。一来果は、「執着と険悪がとれたもの」です。自分の「執着と険悪」の動機を探ります。

     「あなたが動機の中に入っていけば、そこに愛を見出します。自分自身、自己への愛です。」

 一来 (いちらい、巴: sakadāgāmin サカダーガーミン)、旧訳音写:斯陀含《しだごん》) は、仏教において、一度 (sakRd) 天界に生れ、再び人間界に戻って、悟りに入る者のことで、四向四果の1つである。

 根本仏教では、有身見 (うしんけん)・戒禁取見 (かいごんじゅけん)・疑 (ぎ) の三結を断ち、貪 (とん)・瞋 (じん)・癡 (ち) の三毒が薄くなった者である。

 

慈悲の瞑想

 「慈悲の瞑想」は、慈・悲・喜・捨という四無量心を育てる瞑想です。瞑想の仕方は、心をこめて唱えればいいだけのものです。

 一日一回、または、空いた時間のたびに、
「生きとし生けるものが、幸せでありますように。」
という「慈悲の瞑想の言葉」を唱えれば、必ず良くなります。

 「慈悲の瞑想」は、「慈愛の瞑想」や「愛と慈しみの瞑想」とも呼ばれる。英語では、loving-kindness meditation と呼ばれる。

 慈悲とは、「自分の生命が、他の生命とつながっていることを意識すること。」である。この慈悲の意識を育てることが、慈悲の瞑想の目的である。

 

黙想 (慈悲の瞑想) の仕方の例

     あなたは、記憶の創造物です。あなたは、そう想像している。
     私は、全く想像されないものです。私は私です。
     いかなる身体的、あるいは精神的状態とも、同一化不可能なのです。


 あなたが動機の中に入っていけば、そこに愛を見出します。自分自身、自己への愛です。

 愛は、限りないものです。全ては、愛され愛すべきものなのです。何一つ例外はない。

 全ては、私の意識の中にある。全ては、私のものなのです。自分自身を好きや嫌いで分割することは、狂気です。私は、その両方を超えている。私は、阻害されないのです。
 ─ ニサルガダッタ・マハラジの話 (101-I Am That) より抜粋して要約 ─

 黙想 (慈悲の瞑想) の仕方の例

 できる範囲から行い、自分を観察します。
 全ては、私の意識の中にある。全ては、私のものなのです。私は、その両方を超えている。私は、阻害されないのです。

    1. 最初に、最適な姿勢を取り座ります。
     椅子に腰掛ける。瞑想の結跏趺坐 (けっかふざ) で座る。

    2. 呼吸に意識を向けて観察します。

    3. 自分自身に対する、やさしい気持ちを呼び起こします。
     例えば、「だれか親しい人が、自分を受け入れてくれた時のこと」を想起します。

    4. 自分自身に対して、簡単な言葉をかけます。
     本当に実現すると信じて、心を込めて唱えます。
     例えば、「愛しています。ありがとう。感謝します。」
     例えば、「私の悩みや苦しみがなくなりますように。幸せでありますように。健康でありますように。楽に生きていけますように。など」

    5. 次に、だれか特定の親しい人のことを心に思い浮かべて、その人の幸せを願います。
     例えば、「〜さんを、愛しています。ありがとう。感謝します。」
     例えば、「〜さんが、幸せでありますように。悩みや苦しみがなくなりますように。愛と喜びを経験できますように。楽に生きていけますように。」

    6. 同じ方法で、家族や子供や友人など、他の親しい人々の幸せを願います。

    7. 次に、何らかの理由で、気まずい感じがする人を一人想起します。
     自分に害をなす人や敵ではなく、やさしい気持ちを持てなかった人を選んで、その人の幸せを願います。

    8. 次に、自分に害をなした人を想起して、その人の幸せを願います。
     この人がやったことを許す必要はない。この人も悩みや苦しみがある、一人の人であることを認めるのが目的です。この人を許してもかまいません。

    9. 次に、その他の人 (知人も他人も)、人以外の生命 (生物) も、好きなだけ範囲を広げて幸せを願います。

    10. 最後に、自分自身の身体や呼吸の観察をします。
     そして、黙想 (瞑想、内観、内省) を振り返ってから終わります。


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