悟りの段階 -8

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

スポンサーリンク


悟りの段階 -8

純粋な心-6. 不還果 (フゲンカ)

 執着と険悪は、記憶から来ています。

    全ては、一つである。自分の意識の中に、すべての個人がいる。と理解します。
    私が在るから、この世界がある。と理解します。

    「執着と険悪」は、分離していると感じることで、起こりました。
    分離はなく、全ては、一つである。と理解します。理解をすることで、自由になります。
    知識は、体験になります。体験は、後からついてきます。

 不還果 (フゲンカ) は、五下分結 (三結 + 貪《トン》・瞋《シン》) が絶たれている。
 五下分結とは、欲界 (人の世界) へと縛り付ける「5つの束縛」です。

 このような方法で、無意識にある前提や思い込み (執着や険悪の感情や考え) を、書き換えます。この方法では、小さな成功体験を繰り返すことで、自信になり確信を持つようになります。

四向四果

四向四果

 四向四果 (しこうしか) とは、根本仏教や部派仏教における修行の階位のことである。預流向・預流果・一来向・一来果・不還向・不還果・阿羅漢向・阿羅漢果のことで、四双八輩ともいう。果とは、到達した境地のことであり、向は特定の果に向かう段階のことである。

    預流・一来で果になり、解放された結 (束縛)
    1. 有身見 (無我)
    2. 疑(教えに対しての疑い)
    3. 戒禁取(誤った戒律・禁制への執着)

    不還で果になり、解放された結 (束縛)
    4. 欲の貪り(カーマラーガ)
    5. 憤怒(瞋恚, パティガ)

以上の五つの下分結は、欲界 (人の世界) へと縛り付ける「5つの束縛」です。

 

不還 (ふげん)

不還 (ふげん)

不還果は、五下分結(三結+貪・瞋)が絶たれている。

    不還向 (フゲンコウ) とは、快楽と苦痛が、消えたもの。
    快楽と苦痛が、消えたものとは、快楽と苦痛の根底にある無知が、消えたもの。

    不還果 (フゲンカ) とは、欲望と恐怖が、消えたもの。
    欲望と恐怖が、消えたものとは、欲望と恐怖の根底にある無知が、消えたもの。

 

快楽と苦痛は、一体です。

 快楽の根底には、苦痛があります。
 人が快楽を求めるのは、苦痛から逃れるためです。

     人が快楽を求めれば、苦痛も増えます。

 心 (マインド) の中に世界はあります。心 (マインド) は、記憶の集合体、記憶の束です。
 心 (マインド) の働きは、想像することです。今に、留まることはしません。
 心 (マインド) は、相対的です。分離、分裂、対立が起こります。比較や競争が起こります。
 心 (マインド) の中にある世界は、基本 (ベース) が「苦」です。

     ブッダ (釈迦) は、この世界は「四苦八苦」がある。とみました。
     真我の本質は、幸福です。無限の意識の広がりで、その広がりは愛です。

 

欲望と恐怖は、一体です。

 欲望の根底には、恐怖があります。
 人が欲望を求めるのは、恐怖から逃れるためです。

     バッドメソッド (Butt Method) を開発したレスター・レヴェンソンは、「欲求=欠乏」と講演で話しています。
     願望を満たすには、欲求を満たすか、欲求の下にある欠乏を手放すと実現します。と話しています。

     すべての「欠乏」の基にあるのが、4つの基本的な欲求です。この四つの欲求には、それぞれセットになっている、対極の欲求もあります。

     承認の欲求
     人は誕生した時から、生存していくために「親から愛されたい。親を愛したい。」という、「承認の欲求」があります。「〜から、愛されたい (承認されたい)。〜を愛したい (承認したい)。」が一体になっている相対的な内容の欲求です。

    ① 承認の欲求は、
     …「愛されたい、認められたい。」欲求と反対の「承認されたくない欲望」…
     「嫌われていることを確認したい欲望。」も含まれます。

     制御の欲求
     「人をコントロール (制御、支配) したい。人からコントロール (制御、支配) されたい。」という、「制御の欲求」があります。「〜から、支配されたい。〜を支配したい。」が一体になっている相対的な内容の欲求です。

    ② 制御の欲求は、
     …「コントロールしたい。何でも自分のやり方でやりたい。」欲求と反対の「制御されたい欲求」…
     「指示して欲しい、責任を取って欲しい。」も含まれます。

     安全の欲求
     生存していくために「外敵から安全な環境を求める。お金を稼ぐ。利益を求める。失敗・死への恐怖」という、「安全の欲求」があります。「〜から、安全でいたい。〜を失敗したい。」が一体になっている相対的な内容の欲求です。

    ③安全の欲求は、
     …「安心していたい。」欲求と反対の「常に死への願望」も含まれます。

     分離と一体の欲求
     「世界から分離していると感じます。全体と一つになりたい。」という、「分離と一体の欲求」があります。「〜から、分離したい。〜と一体になりたい。」が一体になっている相対的な内容の欲求です。

    ④分離と一致の欲求は、
     …「離れたい、独立したい。」欲求と反対の「一体化への強い希望」も含まれます。

 

不還 (ふげん) への流れ

 私を導いているサットグルは、真我です。この内なるサットグルの導きで、外なるグルは現れます。

     「真我よ、私は私のサットグルです。(10回唱える)」
     左掌を上に向け、右掌を左側腹部 (肋骨の下) へ当てて押す。(10回唱える)

 参考サイト:
真我について-SAHAJYA | 日記 (diary)・アドオンスポット
http://diary.add-spot.com/wordpress/sahajya-1

サハジャの状態

 真我についての、まとめです。真我の状態は、「深い眠りの状態」として、毎日体験しています。ただ、「深い眠りの状態」では、意識は働かないため、そこで何かをすることはできません。

 真我から自我 (心) が、生まれます。自我の発生と同時に、世界が誕生します。毎日眠りにつくと、自我は消滅します。目がさめると同時に、自我が発生します。

 真我とは、「叡智」であり、「私ー在る」というもので、「心を超えたものであり、心の背後に在るもの」であり、真我は、「時間と空間を超えている」。時間と空間は、心 (自我) の中に在る。

 私という身体・そして、この世界・この宇宙・他の人は、心の中にあり、全てが想念の形態である。

 真我実現とは、無知を払い去り、無知が消滅したことであり、無知とは、偽りであり、実在ではない。偽りを放棄して、存在として留まることを「解脱」という。

 参考サイト:
「やりたい」を手放す -『Butt Method』 | 道 (way)・アドオンスポット
http://way.add-spot.com/wordpress/method_lester_levenson-11

method_lester_levenson-11

 複数のゴールを設定して、バッドメソッド (Butt Method) で、手放す。手放すだけのバッドメソッドで毎日、ゴールに対して使います。

「私は、私が手放すだけで、簡単に今、安らぎに満ちた豊かさを得ているのを許します」などを試してみます。

 人の心 (思考) は「働きたくない、したくない」など、「欲求 (やりたい気持ち) 」が渦巻いている。この欲求は、欠乏を創りだすから、手に入らない。

 そこでゴールを設定して、「欲求 (やりたい気持ち) 」を手放すために時間をかける。そして、「やりたい気持ち」を手放して、自然に「ゴール (手に入れる) 」を実現します。

これに必要なのは、行為者という思いを手放して、努力をしないこと。抵抗が消えると、行動をして身体を動かさなくても、ゴールが自然に手に入る。前託して、起こるに任せます。


サハジャとは?

 心を限りなく鎮めていくと、Beingness (存在の状態) へと入っていきます。心の機能が休んでいる間は、サマーディー (三昧) と呼ばれています。

 心の機能が消滅すると、サハジャ (Sahaja) と呼ばれています。

 参考サイト:
「できない」制限を手放す -『Butt Method』 | 道 (way)・アドオンスポット
http://way.add-spot.com/wordpress/method_lester_levenson-9

method_lester_levenson-9

 バッドメソッド (Butt Method) で、「できない」制限を手放します。「〜をしなければいけない」は、抵抗になります。

 「淡々とできない」。「楽々とできない」。「楽しくできない」。場合は、すべて内面に抵抗があります。この抵抗を手放すと、できるようになります。

 参考サイト:
ビージャ・マントラ (種子真言) | 雑学・アドオンスポット
http://add-spot.com/wordpress/mantra-8

 浄化、活性化、強化させる、神聖な音です。

 ビージャは「種子」、マントラは「真言」を意味します。仏教では、天台系-種字 (しゅじ)・種字マントラ。真言系-種子 (しゅじ) ・種子マントラといわれています。

 ビージャ・マントラは、一音節または、短い音節のマントラで、文法的な意味は持たず、教義的な解釈をする。

 小さな種子が、やがて大きな樹になり実を結ぶように、短い音節の中に、非常に大きな力が凝縮されていると考えられるマントラです。


 参考サイト:
マントラを唱える – 大聖歓喜天 (聖天) – 太陽神経叢 | 精神 (mind)・アドオンスポット
http://mind.add-spot.com/wp/mantra-2

 マントラを唱えると、チャクラを活性化します。

 太陽神経叢のチャクラが、活性化すると、自己認識 (自分と同一視する、アイデンティティ、自己定義) の視点が、物質的なものから精神的・霊的 (心霊中枢) なものに移行します。そして、「存在に気づく・気づきで在る」ことを、自覚するようになります。

 太陽神経叢は、第二の脳といわれます。腹腔内にあり、重要な神経叢です。神経叢の叢は、「くさむら」のことです。神経叢は、神経細胞の集まりというものです。

 ヒーリングと医学的な関連を研究している学者によると、宇宙にある情報を心臓 (ハート) が受信して、それを脳に伝えているという事です。

 四向四果への流れは、預流 (ヨル) から始まります。ジニャーニの知識を得ることから始まります。

     ジニャーニの知識を黙想して、熟考します。気づきに気づくようになり、無知という曇 (くもり) が消えます。無知が消えただけ、悲しみが減り、理解しただけ自由になり、幸福になり、純粋意識が現れます。

 

I_Am_That-101 より

Talks with Sri Nisargadatta Maharaj
101. Jnani does not Grasp, nor Hold
101. ジニャーニは理解も把握もしない
  (Jnaniは合点《納得》しないし、保持しない)

Questioner: I am in a world which I do not understand and therefore, I am afraid of it. This is everybody’s experience.

Q: I am in a world which I do not understand and therefore, I am afraid of it. This is everybody’s experience.

    質問者:私は理解していない世界にいるので、それを恐れています。 これは、みんなの経験です。

M: You have separated yourself from the world, therefore it pains and frightens you. Discover your mistake and be free of fear.

    M:あなたは、自分自身を世界から切り離しました。したがって、それはあなたを苦しめて怖がらせます。あなたの過ちを発見し、恐れから解放されてください。


Questioner: You are asking me to give up the world, while I want to be happy in the world.

Q: You are asking me to give up the world, while I want to be happy in the world.

    質問者:私は世界で幸せになりたいのですが、あなたは私に世界をあきらめるよう求めています。

M: If you ask for the impossible, who can help you? The limited is bound to be painful and pleasant in turns.
If you seek real happiness, unassailable and unchangeable, you must leave the world with its pains and pleasures behind you.

    M:もしあなたが不可能を求めたら、誰があなたを助けることができますか? 限定されたもの (制限) は、必ず (順番に) 苦痛 (痛み) を伴い、後に快楽 (楽しいこと) へと後退していきます。

     あなたが不変不滅の本当の幸せを求めているならば、あなたはその痛みと快楽を後にして、世界を去らなければなりません。


Questioner: How is it done?

Q: How is it done?

    質問者:それはどのようにしますか?

M: Mere physical renunciation is only a token of earnestness, but earnestness alone does not liberate.
There must be understanding which comes with alert perceptivity, eager enquiry and deep investigation.
You must work relentlessly for your salvation from sin and sorrow.

    M:単なる物理的 (肉体的) な放棄は誠実 (真剣) さの象徴に過ぎませんが、誠実 (真剣) さだけでは解放されません。

     鋭敏な洞察 (知覚)、熱心な探求、そして深い (徹底的な) 調査によってもたらされる理解がなければなりません。

     あなたは罪と悲しみから、自分の救いのためにたゆまず (執拗に) 務め (働か) なければなりません。


Questioner: What is sin?

Q: What is sin?

    質問者:罪とは何ですか?

M: All that binds you.

    M:あなたを拘束するもの (制限するもの) すべてです。

 参考サイト:
ニサルガ ヨガ (Nisarga Yoga)-10 | 雑学・アドオンスポット
http://add-spot.com/wordpress/nisarga_yoga-10

7. Awareness of Self 自己認識 (自己の気づき)

 ニサルガダッタ (Nisargadatta) は、次のように述べています。
 「誤った考えを放棄する、それだけです。 本当の考えは必要ありません。 何もありません。」

 あなたは、あなたの自己定義に限定されていますか?

 私たちは、すでに私たちがいるもの (注:I am:私は在る) になる方法を学ぶことができません。


スポンサーリンク

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

SNSでもご購読できます。

コメントを残す

*

Translate »