3-記憶を解放する

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3-記憶を解放する

識別する習慣を身につける-3

     真我から届いた光が、心 (マインド) というスクリーンの中に、記憶というフィルムに記録された印象の世界を投影しています。

 あなたに必要なことは、
 「実在への真剣な熱望だけです。」愛と愛に感化された意志なしには、何一つなされない。「観察者 (内なる高次の自己) が、私は在るという個人 (観察されるもの) を彼自身の投影として受け入れる。」ことです。
 私は在るという個人 (観察されるもの) と、その観察するものとの間には、愛が必要です。

    実在 (真我:至高なるもの) は、名前も形もない純粋な生命のエネルギーと意識の光だと理解する。

     「何か起きたこと (問題)=記憶の再生」と理解して、識別する習慣を身につけます。識別したら、これを削除 (クリーニング、手放すことを) します。

     これは、良くない出来事 (または、良い出来事) を見たり聞いたとき、すべてが対象になります。「何か起きたこと (問題)=記憶の再生」だから、「責任を取る」と決めて、これを削除 (クリーニング、手放すことを) します。

     何か起きること (見る、聞く、遭遇する) =記憶の再生だから、これを削除 (クリーニング、手放すことを) します。そして、ニュートラル (良いも悪いもない状態) にします。ニュートラルの状態は、観照者 (観察するもの) になります。

    ・何か起きること (見る、聞く、遭遇する) =記憶の再生は、自我=観察されるものになります。
    ・自分や家族に何か起きたときに、この遭遇したこと (問題) をクリーニングで解消します。

    ・記憶と自己同一化した私 (個人:観察されるもの) は、世界によって制限され定義されている。

    「私は在る」から、世界がある。 「私は在る」は、根です。根からでた木が「神 (世界)」です。
    ・世界の中で自己イメージ (個人:観察されるもの) は、変化するものである。変化するものは、実在ではない。
    ・観察者 (観照者:観察するもの) が、自我を真我の中に取り入れると、私やこれといった二元性は消え去る。

 このような方法で、無意識にある前提や思い込み (執着や険悪の感情や考え) を、書き換えます。この方法では、小さな成功体験を繰り返すことで、自信になり確信を持つようになります。

問題は、あなたの中にあります

 問題 (エラー) が起きるときは、記憶が再生しています。
 問題は、記憶が再生されている。
 問題は、あなたから始まっています。

 問題とは、あなたの中に何かが起きていて、それが光をブロックしている。あなたが持っている何かなのです。あなたの中にあります。

     あなたが、そこのところを理解しないと、常に苦しむことになります。
     あなたが、それを解き放つことができるのです。
     あなただけが、できるのです。

 

何か起きたとき、自分の中に聞きます

 何か起きたときは、常にシンプルに考えてシンプルに対応します。

     何か起きたとき、私の中にある記憶が再生している。原因は不明で大丈夫です。ただ、記憶がある。記憶が再生していて、何か起きたこと (問題) を繰り返している。だから、「何か起きたこと (問題)=記憶の再生」と理解して、これを削除 (クリーニング、手放すことを) します。

問題:誰か他の人が、ころんだのを見たことが起きる。

説明:これは、TV や新聞や雑誌などで、見たり読んだりしても対象になります。何かを見る機会に遭遇する出来事も、対象になります。

     例えば、私は限界集落に住んでいるので、
     ・家の中で「ムカデ」を見たが、駆除できなかったとき。
     ・外で作業中に、イノシシを見たとき。
     などに過去の体験 (恐れ) や良くない記憶が想起されます。

     すぐに、「何か起きたこと (問題)=記憶の再生」と理解して、これを削除 (クリーニング、手放すことを) します。

 「何か起きたこと (問題)=記憶の再生」と理解して、識別する習慣を身につけます。識別したら、これを削除 (クリーニング、手放すことを) します。

 これは、良くない出来事 (または、良い出来事) を見たり聞いたとき、すべてが対象になります。「何か起きたこと (問題)=記憶の再生」だから、「責任を取る」と決めて、これを削除 (クリーニング、手放すことを) します。

 何か起きること (見る、聞く、遭遇する) =記憶の再生だから、これを削除 (クリーニング、手放すことを) します。そして、ニュートラル (良いも悪いもない状態) にします。ニュートラルの状態は、観照者 (観察するもの) になります。

 何か起きること (見る、聞く、遭遇する) =記憶の再生は、自我=観察されるものになります。

 自分や家族に何か起きたときに、この遭遇したこと (問題) をクリーニングで解消します。

 

何か起きること (見る、聞く、遭遇する) 記憶を解消する

 以下は、手放すときの参考です。
・何か起きること (見る、聞く、遭遇する) 記憶を解消する。

    (注:始めに、自分の中に聞きます。)
    「私の中に、一体何が起きているのだろう?」
    「一体自分の中のどの記憶が、(   ) を (   ) させたのだろう?」

    (注:問題=記憶の再生である。それを手放そうと決めます。)
    「私は、自分のホ・オポノポノをいたします。」
    「そして、記憶を消去します。」
    (注:その結果。自分と他の人が幸福になることを決めます。)
    「そうすると、私は大丈夫な状態になります。」
    「私が自由になると同時に、宇宙の全ての人からその問題 (データ) が、解放されます。」

    ・ここで、手放す意欲を示します。
    ・誰かに起きたことでも、自分の中の記憶の再生であると認めて、責任を取ります。
    ・「責任を取る」とは、手放すということです。
    ・誰かに起きたことでも、これを削除 (クリーニング、手放すことを) します。
    ・常に、ニュートラルの状態 (観照者:観察するもの、観ているもの) の視点へ移動します。

    (注:この後、クリーニングツールを使う。)
    「ごめんなさい。愛している。許してください。ありがとう。」
    「I’m sorry. I love you. For giveme. Thank you.」

    ・ここで、マントラとして、唱えます。言語は何語でもかまいません。

 

害虫 (ムカデ) の記憶を解消する

 以下は、手放すときの参考です。
・生活に問題を起こす記憶を解消する。
・この場合は、害虫 (ムカデ) の問題を解消します。

    (注:始めに、自分の中に聞きます。)
    「私の中に、一体何が起きているのだろう?」
    「一体自分の中のどの記憶が、私の家でムカデを見させたのだろう?」

    (注:問題=記憶の再生である。それを手放そうと決めます。)
    「私は、自分のホ・オポノポノをいたします。」
    「そして、記憶を消去します。」
    (注:その結果。自分と他の人が幸福になることを決めます。)
    「そうすると、私は大丈夫な状態になります。」
    「私が自由になると同時に、宇宙の全ての人からその問題 (データ) が、解放されます。」

    ・ここで、手放す意欲を示します。

    (注:この後、クリーニングツールを使う。)
    「ごめんなさい。愛している。許してください。ありがとう。」
    「I’m sorry. I love you. For giveme. Thank you.」

    ・ここで、マントラとして、唱えます。言語は何語でもかまいません。

 

仕事 (生活) で問題を起こす記憶を解消する

 以下は、手放すときの参考です。
・仕事 (生活) で問題を起こす記憶を解消する。
・この場合は、害獣 (イノシシ) の問題を解消します。

    (注:始めに、自分の中に聞きます。)
    「私の中に、一体何が起きているのだろう?」
    「一体自分の中のどの記憶が、私の家の周囲や畑でイノシシを見させたのだろう?」

    (注:問題=記憶の再生である。それを手放そうと決めます。)
    「私は、自分のホ・オポノポノをいたします。」
    「そして、仕事 (生活) で問題を起こす記憶を消去します。」
    (注:その結果。自分と他の人が幸福になることを決めます。)
    「そうすると、私は大丈夫な状態になります。」
    「私が自由になると同時に、宇宙の全ての人からその問題 (データ) が、解放されます。」

    ・ここで、手放す意欲を示します。

    (注:この後、クリーニングツールを使う。)
    「ごめんなさい。愛している。許してください。ありがとう。」
    「I’m sorry. I love you. For giveme. Thank you.」

    ・ここで、マントラとして、唱えます。言語は何語でもかまいません。

心 (記憶) は「私であったもの (過去)」と「私はあるだろうもの (未来)」の因果関係の関連を生み出す

 心 (記憶) は「私であったもの (過去)」と「私はあるだろうもの (未来)」の因果関係の関連を生み出す精神的習慣繰り返します。

 記憶としての私は在った。「私で在ったもの (注:過去) から、私は在るだろう (注:未来)。」は、幻想である。

 以下は、ニサルガダッタ・マハラジの言葉です。「私は在る」を理解することが、真我実現をはやめます。

    I_Am_That_19
    Talks with Sri Nisargadatta Maharaj より

    19. Reality lies in Objectivity
    19. 実在は客観性の内に在る

 

あなたは世界をどのように見ていますか?

    Questioner: How do you look at the world?
    質問者:あなたは世界をどのように見ていますか?

Q: How do you look at the world?

    M: I see a painter painting a picture. The picture I call the world, the painter I call God. I am neither.
    I do not create, nor am I created. I contain all, nothing contains me.

      マハラジ:私は、絵を描いている画家が見えます。 私が世界と呼ぶ絵 (絵を世界と呼ぶ)、私が神と呼ぶ画家 (画家を神と呼ぶ)。 私はそのどちらも違います。

       私は何も創造しませんし、私も創造されたものでもない。 私はすべてを含み、何も私を含まない (私を含むことができるものは何もない)。

     

    あなたの心 (目) はすべて外向きになっています

      Questioner: When I see a tree, a face, a sunset, the picture is perfect. When I close my eyes, the image in my mind is faint and hazy.
      質問者:私が、木、顔、夕焼けを見ると、その絵は完璧です。 私が目を閉じると、私の心の中のイメージは、かすかでぼんやりとしています。

    Q: When I see a tree, a face, a sunset, the picture is perfect. When I close my eyes, the image in my mind is faint and hazy.

      If it is my mind that projects the picture, why need I open my eyes to see a lovely flower and with eyes closed I see it vaguely?

         もし、絵を投影するのが私の心である場合、なぜ私は私の美しい花を見るために私の目を開け、目を閉じて私は漠然とそれを見る必要があるのでしょうか?

      M: It is because your outer eyes are better than your inner eyes. Your mind is all turned outward.

        マハラジ:あなたの外側の目が、内側の目より優れているからです。 あなたの心 (目) は、すべて外向きになっています。

      As you learn to watch your mental world, you will find it even more colourful and perfect than what the body can provide. Of course, you will need some training. But why argue? You imagine that the picture must come from the painter who actually painted it. All the time you look for origins and causes.

        マハラジ:あなたがあなたの霊的な (精神的な) 世界を見ることを学ぶとき、あなたはそれが身体が提供することができるものより、さらにいっそう鮮やか (カラフル) で、そして完璧であるのを見つけるでしょう。 もちろん、あなたはいくつかの訓練 (トレーニング) が必要になります。 しかし、なぜ主張しますか? あなたは絵が実際に、それを描いた画家から来なければならないと想像します。 あなたは、常に起源 (理由) と原因を探します。

      Causality is in the mind, only; memory gives the illusion of continuity and repetitiveness creates the idea of causality. When things repeatedly happen together, we tend to see a causal link between them. It creates a mental habit, but a habit is not a necessity.

        マハラジ:因果関係は、マインド (頭) の中だけにあります。 記憶は連続性の錯覚 (幻想) を与え、反復性は因果関係の考え (概念) を生み出す。 物事が繰り返し一緒に起こるとき、私たちはそれらの間の因果関係の関連を見る傾向があります。それは精神的習慣を生み出しますが、その習慣は必要ではありません。

      注記:心 (記憶) は「私であったもの (過去)」と「私はあるだろうもの (未来)」の因果関係の関連を生み出す精神的習慣繰り返します。

       

      神と世界は分離していない

        Questioner: You have just said that the world is made by God.
        質問者:あなたはたった今、世界は神によって作られていると言いました。

      Q: You have just said that the world is made by God.

        M: Remember that language is an instrument of the mind; It is made by the mind, for the mind.

        Once you admit a cause, then God is the ultimate cause and the world the effect. They are different, but not separate.

          マハラジ:言葉 (言語) は、心 (マインド) の道具であることを忘れないでください。 それは心 (マインド) によって、心 (マインド) のために作られています。

           一度 (ひとたび)、あなたが原因を認めると、それから神は究極の原因であり、世界はその影響 (結果) です。それらは異なりますが、別々ではありません (分離していません)。

         

        小さな閃光が「私は在る」です

          Questioner: People talk of seeing God.
          質問者:人々は神に会うこと (神を見ること) について話しています。

        Q: People talk of seeing God.

          M: When you see the world you see God. There is no seeing God, apart from the world. Beyond the world to see God is to be God. The light by which you see the world, which is God is the tiny little spark: ‘I am’, apparently so small, yet the first and the last in every act of knowing and loving.

            マハラジ:あなたが世界を見るとき、あなたは神を見ます。世界を離れて (除いて)、神を見ることはありません。世界を越えて神を見ることは神になることです。あなたは世界を光で見ている、その光がつまり神であり、小さな小さな閃光 (火花) が「私は在る」です。明らかに非常に小さいのですが、知ることと愛することの、すべての行為の始まり (最初) と終わり (最後) です。

          注記:「私は在る」は、根にあたります。根からでている木が「神」です。

           

          解放する前提となるジニャーニの知識

          Talks with Sri Nisargadatta Maharaj:I_Am_That_13 より概要です。

            13. The Supreme, the Mind and the Body
            13. 至高なるもの、マインド、身体


            ・個人というものは存在しません。あるのは、記憶と習慣の脈絡だけです。
            ・真我を実現した瞬間、個人は消え去る。個人は、観照者のマインド (心) に写った「私は在る」という感覚であり、存在の一つの様式です。
            ・ジニャーニ (真我を実現した存在) は、至高なるものです。そして、普遍的観照者でもあります。
             
            ・究極なるものだけが存在する。
            実在は、名前も形もない純粋な生命のエネルギーと意識の光だと理解した時、あなたは実在の深い静寂に浸り平和の内にあることだろう。

          ● memory – 記事一覧 ●

          http://add-spot.com/wordpress/tag/memory

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