4-記憶を解放する

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4-記憶を解放する

識別する習慣を身につける-4

     真我から届いた光が、心 (マインド) というスクリーンの中に、記憶というフィルムに記録された印象の世界を投影しています。

 あなたに必要なことは、
 「実在への真剣な熱望だけです。」愛と愛に感化された意志なしには、何一つなされない。「観察者 (内なる高次の自己) が、私は在るという個人 (観察されるもの) を彼自身の投影として受け入れる。」ことです。
 私は在るという個人 (観察されるもの) と、その観察するものとの間には、愛が必要です。

    実在 (真我:至高なるもの) は、名前も形もない純粋な生命のエネルギーと意識の光だと理解する。

 

     「何が、(世界の) 違いを決定するのか?」
     「世界を投影するマインドが、それ自身のやり方で色付けします。」
     「彼 (彼女) が、あなたにとって何で在るかを決定するのは、あなたのマインドの姿勢による。」
     
     「主観的である限り、それは幻想です。実在は、客観性の内にある。」
     「世界は、主観的です。全ては、主観的です。しかし、実在は、客観的です。」
     「それは、記憶や期待、欲望や恐れ、好き嫌いといった選択に依存しない。全ては、あるがままとして見られるのです。」
     「欲望も恐れもない状態が、あなたをそこへ連れていく。」

     そのためには、「何か起きたこと (問題)=記憶の再生」と理解して、識別する習慣を身につけます。識別したら、これを削除 (クリーニング、手放すことを) します。

     これは、良くない出来事 (または、良い出来事) を見たり聞いたとき、すべてが対象になります。「何か起きたこと (問題)=記憶の再生」だから、「責任を取る」と決めて、これを削除 (クリーニング、手放すことを) します。

     何か起きること (見る、聞く、遭遇する) =記憶の再生だから、これを削除 (クリーニング、手放すことを) します。そして、ニュートラル (良いも悪いもない状態) にします。ニュートラルの状態は、観照者 (観察するもの) になります。

    ・何か起きること (見る、聞く、遭遇する) =記憶の再生は、自我=観察されるものになります。
    ・自分や家族に何か起きたときに、この遭遇したこと (問題) をクリーニングで解消します。
    ・記憶と自己同一化した私 (個人:観察されるもの) は、世界によって制限され定義されている。

    「私は在る」から、世界がある。 「私は在る」は、根です。根からでた木が「神 (世界)」です。
    ・世界の中で自己イメージ (個人:観察されるもの) は、変化するものである。変化するものは、実在ではない。
    ・観察者 (観照者:観察するもの) が、自我を真我の中に取り入れると、私やこれといった二元性は消え去る。

 このような方法で、無意識にある前提や思い込み (執着や険悪の感情や考え) を、書き換えます。この方法では、小さな成功体験を繰り返すことで、自信になり確信を持つようになります。

問題は、あなたの中にあります

 問題 (エラー) が起きるときは、記憶が再生しています。
 問題は、記憶が再生されている。
 問題は、あなたから始まっています。

 問題とは、あなたの中に何かが起きていて、それが光をブロックしている。あなたが持っている何かなのです。あなたの中にあります。

     あなたが、そこのところを理解しないと、常に苦しむことになります。
     あなたが、それを解き放つことができるのです。
     あなただけが、できるのです。

 

何か起きたとき、自分の中に聞きます

 何か起きたときは、常にシンプルに考えてシンプルに対応します。

     何か起きたとき、私の中にある記憶が再生している。原因は不明で大丈夫です。ただ、記憶がある。記憶が再生していて、何か起きたこと (問題) を繰り返している。だから、「何か起きたこと (問題)=記憶の再生」と理解して、これを削除 (クリーニング、手放すことを) します。

問題:誰か他の人が、ころんだのを見たことが起きる。

説明:これは、TV や新聞や雑誌などで、見たり読んだりしても対象になります。何かを見る機会に遭遇する出来事も、対象になります。

 「何か起きたこと (問題)=記憶の再生」と理解して、識別する習慣を身につけます。識別したら、これを削除 (クリーニング、手放すことを) します。

 これは、良くない出来事 (または、良い出来事) を見たり聞いたとき、すべてが対象になります。「何か起きたこと (問題)=記憶の再生」だから、「責任を取る」と決めて、これを削除 (クリーニング、手放すことを) します。

 何か起きること (見る、聞く、遭遇する) =記憶の再生だから、これを削除 (クリーニング、手放すことを) します。そして、ニュートラル (良いも悪いもない状態) にします。ニュートラルの状態は、観照者 (観察するもの) になります。

 何か起きること (見る、聞く、遭遇する) =記憶の再生は、自我=観察されるものになります。
 自分や家族に何か起きたときに、この遭遇したこと (問題) をクリーニングで解消します。

 

何か起きること (見る、聞く、遭遇する) 記憶を解消する

 以下は、手放すときの参考です。
・何か起きること (見る、聞く、遭遇する) 記憶を解消する。

    (注:始めに、自分の中に聞きます。)
    「私の中に、一体何が起きているのだろう?」
    「一体自分の中のどの記憶が、(   ) を (   ) させたのだろう?」

    (注:問題=記憶の再生である。それを手放そうと決めます。)
    「私は、自分のホ・オポノポノをいたします。」
    「そして、記憶を消去します。」
    (注:その結果。自分と他の人が幸福になることを決めます。)
    「そうすると、私は大丈夫な状態になります。」
    「私が自由になると同時に、宇宙の全ての人からその問題 (データ) が、解放されます。」

    ・ここで、手放す意欲を示します。
    ・誰かに起きたことでも、自分の中の記憶の再生であると認めて、責任を取ります。
    ・「責任を取る」とは、手放すということです。
    ・誰かに起きたことでも、これを削除 (クリーニング、手放すことを) します。
    ・常に、ニュートラルの状態 (観照者:観察するもの、観ているもの) の視点へ移動します。

    (注:この後、クリーニングツールを使う。)
    「ごめんなさい。愛している。許してください。ありがとう。」
    「I’m sorry. I love you. For giveme. Thank you.」

    ・ここで、マントラとして、唱えます。言語は何語でもかまいません。

 

KR女史の瞑想法

4つのワード (言葉) を心に唱える瞑想法
日本語字幕。2分20秒の動画です。

    心に悩みを抱えているが、その問題解決の方法は?
    KR「その方法はとても簡単です。」
    KR「問題が起こった時、自分の心に向かって、」
    KR「ありがとう。愛してます。許してください。ごめんなさい。と唱えればいいのです。」
    KR「自分のリズムで構いません。」
    KR「嫌な記憶は消えて無くなります。」

20180713 야노시호 & 호오포노포노 KR 여사 – YouTube
https://youtu.be/CjpCaFoftBg

SITH ホ・オポノポノ アジア
(https://www.youtube.com/channel/UCmEI3waQzjbucd2QKZR6vNQ)
Published on Jul 17, 2018 – (02:20)
2018년 7월13일 야노시호 특별방송 (후지 TV)에 KR여사와 호오포노포노가 소개되었습니다.
2018年7月13日 特定のテーマ (TV)、KRの写真、そしてその他の情報を表示しています。


日本語字幕の概要です。

その瞑想法を教えに来てくれた!
心に悩みを抱えているが、その問題解決の方法は?

KR「その方法はとても簡単です。」
KR「問題が起こった時、自分の心に向かって、」

KR「ありがとう。愛してます。許してください。ごめんなさい。と唱えればいいのです。」

KR「自分のリズムで構いません。」
KR「嫌な記憶は消えて無くなります。」

SHIHO「なんか自分の中に、(嫌な記憶が) あるよね。」

KR「あるわ。」

4つのワード (言葉) を心に唱える瞑想法
「ありがとう」「愛してます」「ごめんなさい」「許してください」

2分後

家族が抱えていた悩みが…

End

 

仕事 (生活) で問題を起こす記憶を解消する

 以下は、手放すときの参考です。
・生活に問題を起こす記憶を解消する。
・この場合は、誰かが、ころんだのを見た問題を解消します。

    (注:始めに、自分の中に聞きます。)
    「私の中に、一体何が起きているのだろう?」
    「一体自分の中のどの記憶が、この人が、ころんだのを見させたのだろう?」
    注記:転んだ人と、遭遇した場合は、以下になります。
    「一体自分の中のどの記憶が、この人を、ころばせたのだろう?」

    (注:問題=記憶の再生である。それを手放そうと決めます。)
    「私は、自分のホ・オポノポノをいたします。」
    「そして、記憶を消去します。」
    (注:その結果。自分と他の人が幸福になることを決めます。)
    「そうすると、私は大丈夫な状態になります。」
    「私が自由になると同時に、宇宙の全ての人からその問題 (データ) が、解放されます。」

    ・ここで、手放す意欲を示します。

    (注:この後、クリーニングツールを使う。)
    「ごめんなさい。愛している。許してください。ありがとう。」
    「I’m sorry. I love you. For giveme. Thank you.」

    ・ここで、マントラとして、唱えます。言語は何語でもかまいません。

 

ジニャーニは、世界をどのように見ていますか?

    質問者:あなたは世界をどのように見ていますか?

    マハラジ:私は、絵を描いている画家を見ている。 私はその絵を世界と呼ぶ (注:世界全体が、絵画です)、私は、画家を神と呼ぶ (注:意識そのものが最も偉大な画家です。画家は絵の中にいる。絵は画家のマインドの中にあり、画家は絵の中にいる。そしてその絵は、絵の中の画家のマインドの中にある)。 私はそのどちらも違います。
     私は何も創造しませんし、私も創造されたものでもない。 私はすべてを含み、何も私を含まない (私を含むことができるものは何もない)。

注記:心 (記憶) は、「私であったもの (過去)」と「私はあるだろうもの (未来)」を想像して、原因と結果の因果関係の関連を生み出す、精神的習慣を繰り返します。心 (記憶) と「私」を自己同一化しています。

 

神は究極の原因であり、世界はその影響 (結果) です

    質問者:あなたはたった今、世界は神によって作られていると言いました。

    マハラジ:言葉 (言語) は、心 (マインド) の道具であることを忘れないでください。 それは心 (マインド) によって、心 (マインド) のために作られています。
     一度 (ひとたび)、あなたが原因を認めると、それから神は究極の原因であり、世界はその影響 (結果) です。それらは異なりますが、別々ではありません (分離していません)。

注記:一度、原因を求める (主観的) と、因果律という、その呪縛にとらわれます。
 私 (I am that I am.) は、絵を描くのをただ見ています。観察するもの (客観的) です。
 「主観的である限り、それは幻想です。実在は、客観性の内にある。」
 「世界は、主観的です。全ては、主観的です。しかし、実在は、客観的です。」
 「それは、記憶や期待、欲望や恐れ、好き嫌いといった選択に依存しない。全ては、あるがままとして見られるのです。」
 「欲望も恐れもない状態が、あなたをそこへ連れていく。」

 

「私は在る」は、知ることと愛することの、すべての行為の始まりと終わりです

    質問者:人々は神に会うこと (神を見ること) について話しています。

    マハラジ:あなたが世界を見るとき、あなたは神を見ます。世界を離れて (除いて)、神を見ることはありません。世界を越えて神を見ることは神になることです。あなたは世界を光で見ている、その光がつまり神であり、小さな小さな閃光 (火花) が「私は在る」です。明らかに非常に小さいのですが、知ることと愛することの、すべての行為の始まり (最初) と終わり (最後) です。

注記:「私は在る」は、根にあたります。根からでている木が「神」です。

 

解放する前提となるジニャーニの知識

Talks with Sri Nisargadatta Maharaj:I_Am_That_13 より概要です。

    13. The Supreme, the Mind and the Body
    13. 至高なるもの、マインド、身体


    ・個人というものは存在しません。あるのは、記憶と習慣の脈絡だけです。
    ・真我を実現した瞬間、個人は消え去る。個人は、観照者のマインド (心) に写った「私は在る」という感覚であり、存在の一つの様式です。
    ・ジニャーニ (真我を実現した存在) は、至高なるものです。そして、普遍的観照者でもあります。
     
    ・究極なるものだけが存在する。
    実在は、名前も形もない純粋な生命のエネルギーと意識の光だと理解した時、あなたは実在の深い静寂に浸り平和の内にあることだろう。

● memory – 記事一覧 ●

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