6-記憶を解放する

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6-記憶を解放する

識別する習慣を身につける-6

 なぜ記憶を手放すのか?記憶は、無知の現れです。
 「私は誰か?」を問いかけます。
 「私は在る」という感覚に焦点を合わせます。

    一度 (ひとたび) 何であれ、あなたの前に現れたものは、
    自分自身ではありえず、「私は在る」と言うことはできないと認識すれば、
    あなたは全ての個人たちと彼らの要求から自由になる。
    「私は在る」という感覚は、あなた自身のものです。
    それを手放すことはできない。

    意識の源は、意識の中の対象物ではありえない。
    源を知るということは、源として在るということです。
    あなたが、個人ではなく純粋で静かなる観照者であり、
    恐れのない気づきが真の存在だと悟った時、あなたは実在となる。
    それが、源であり無尽蔵の可能性です。

    源は、意識に誕生を与える。
    それ以外の全ては、意識の中にある。

    意識が、全てを包括している。意識の中では、全てが可能です。
    根本的な原因は、一つ「私は在る」です。

    至高なるものは、全てを機知にしながらそれ自身は未知として留まる。
    至高なるものは、最も到達しやすいものです。
    考えることをやめ、至高なるもの以外は求めないこと。

    全ての欲望は、真我からやってくる。
    それらは全て、「私は在る」という感覚に依存している。

    全ての欲望は幸福を目指している。
    至高なるものは、全てを超えている。

    動機が愛と善意と慈悲によって生まれた欲望だけが、主体にも対象にも有益であり十分満たされる。
    全宇宙が、慈悲から生まれた欲望を満たそうと努力している。

    ジニャーニは、マインドの中に欲望も恐れも湧いてこない。
    欲望も恐れも入ってこないため、完全な静寂の平和の中に在る。

 このような方法で、無意識にある前提や思い込み (執着や険悪の感情や考え) を、書き換えます。この方法では、小さな成功体験を繰り返すことで、自信になり確信を持つようになります。

至高なるものについて理解します

ニサルガダッタ・マハラジの言葉です。
「ゼロ」と「無」について、ヒューレン博士から、KR女史へのインタビューです。

 

「ゼロ」と「無」について

     ニサルガダッタ・マハラジの言葉です。
    ・個人というものは存在しません。あるのは、記憶と習慣の脈絡だけです。
    ・真我を実現した瞬間、個人は消え去る。個人は、観照者のマインド (心) に写った「私は在る」という感覚であり、存在の一つの様式です。
    ・ジニャーニ (真我を実現した存在) は、至高なるものです。そして、普遍的観照者でもあります。

「ゼロ」と「無」について、ヒューレン博士から、KR女史へのインタビューです。

「ゼロ」と「無」 – YouTube
https://youtu.be/QG83JrC47ug

SITH ホ・オポノポノ アジア
(https://www.youtube.com/channel/UCmEI3waQzjbucd2QKZR6vNQ)
Published on Jul 2, 2019 – (06:21)
なぜ、わたしたちはクリーニングを通して、
ゼロ、そして無という境地に立ちたいのでしょうか。
問題を解決するために、ゼロである自分に戻る意味とは一体なんなのか、
ヒューレン博士とKR女史の自然な対話の動画から学びます。
どこかに行く前に、どんなクリーニングをしたら良いのか、KR女史がお話している箇所も必見です。


I_Am_That_20 より抜粋

Talks with Sri Nisargadatta Maharaj より

    20. The Supreme is Beyond All
    20. 至高なるものはすべてを超える


 

Questioner: You say, reality is one. Oneness, unity, is the attribute of the person. Is then reality a person, with the universe as its body?

    質問者:あなたは、実在は一つですと言います。 一体性 (単一性)、統一性は、個人の属性です。 それでは、実在は個人であり、宇宙を身体としているのでしょうか。

20. The Supreme is Beyond All

Questioner: You say, reality is one. Oneness, unity, is the attribute of the person. Is then reality a person, with the universe as its body?

    Maharaj: Whatever you may say will be both true and false. Words do not reach beyond the mind.

      マハラジ:あなたが何を言おうと、それは真実でも偽 (いつわ) りでもあります。 言葉は心 (マインド) を超えて届かない。


     

    Questioner: I am just trying to understand. You are telling us of the Person, the Self and the Supreme. (vyakti, vyakta, avyakta).

    質問者:私はただ理解しようとしています。あなたは私たちに、個人 (Person-ヴィヤクティ:vyakti)、観照者 (自己:Self-ヴィヤクタ:vyakta)、そして、至高なるもの (Supreme-アヴィヤクタ:avyakta) のことを話しています。

    Q: I am just trying to understand. You are telling us of the Person, the Self and the Supreme. (vyakti, vyakta, avyakta).

      The light of Pure Awareness (pragna), focussed as ‘I am’ in the Self (jivatma), as consciousness (chetana) illumines the mind (antahkarana) and as life (prana) vitalises the body (deha).

         純粋意識 (純粋な覚醒:プラグナ:pragna) の光は、観照者 (自己、ジヴァートマ:jivatma) の中の「私は在る」、心 (マインド、アンタカラナ:antahkarana) を照らす意識 (チェータナ:chetana) 、身体 (デーハ:deha) を活気づける (生気を与える) 生命 (プラーナ:prana) に、焦点を合わせています。

      All this is fine as far as the words go. But when it comes to distinguishing in myself the person from the Self and the Self from the Supreme, I get mixed up.

         言葉で表現する限り、これはすべて問題ありません。 しかし、観照者 (自己:Self) から個人と至高なるものから観照者を区別することになると、私は混乱します。

      M: The person is never the subject. You can see a person, but you are not the person.

      You are always the Supreme which appears at a given point of time and space as the witness, a bridge between the pure awareness of the Supreme and the manifold consciousness of the person.

        マハラジ:その個人は決して主体ではありません。 あなたは個人を見ることができますが、あなたはその個人ではありません。

         あなたは常に至高なるものであり、その至高なるものが、ある与えられた時間と空間において観照者として現れ、その観照者が至高なるものの純粋な意識 (覚醒) と個人の多様な意識の間に橋渡しをする (橋を渡す)。

       

      解放する前提となるジニャーニの知識

      Talks with Sri Nisargadatta Maharaj:I_Am_That_13 より概要です。

        13. The Supreme, the Mind and the Body
        13. 至高なるもの、マインド、身体


        ・個人というものは存在しません。あるのは、記憶と習慣の脈絡だけです。
        ・真我を実現した瞬間、個人は消え去る。個人は、観照者のマインド (心) に写った「私は在る」という感覚であり、存在の一つの様式です。
        ・ジニャーニ (真我を実現した存在) は、至高なるものです。そして、普遍的観照者でもあります。
         
        ・究極なるものだけが存在する。
        実在は、名前も形もない純粋な生命のエネルギーと意識の光だと理解した時、あなたは実在の深い静寂に浸り平和の内にあることだろう。

      ● memory – 記事一覧 ●

      http://add-spot.com/wordpress/tag/memory

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