8-記憶を解放する

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8-記憶を解放する

識別する習慣を身につける-8

 真我を実現するには、意識して記憶を手放していきます。記憶を手放すと、ニュートラルの状態に近づきます。ニュートラルの状態は、観察するもの (観照者) の状態になります。

 ニュートラルの状態は、無欲・無執着です。これは、生まれた時の子供の状態 (純粋な子供) のインナーチャイルドと同じです。

 ニサルガダッタ・マハラジも、ジニャーニ (真我を実現した存在) になり、純粋な子供の状態でした。

     サマーディのなかに永久的にとどまっていることが、サハジャ (自然な状態) である。サハジャ (sahaja) とは、自然な状態。本来の状態・真我の状態です。

     ラマナ・マハルシは、「『サマーディ: samadhi』、『トゥリーヤ:turiya (第四の意識状態)』、『ニルヴィカルパ:nirvikalpa』は、みな同じ意味を示している。それは真我の自覚である。」と言っています。

 このような方法で、無意識にある前提や思い込み (執着や険悪の感情や考え) を、書き換えます。この方法では、小さな成功体験を繰り返すことで、自信になり確信を持つようになります。

ジニャーニの知識でホ・オポノポノを理解する

 ホ・オポノポノは、ハワイの伝統的なフナの思想を継承しています。

 ホ・オポノポノは、ネイティブハワイアンの伝統的な問題の解決法や考え方のことです。最初の実践法としては、1958年にマリー・カウェナ・プクイの著書があります。

 その後、ハワイ伝統医療のスペシャリストであった「モーナ・ナラマク・シメオナ女史 (1913-1992) 」が、現代社会で活用できるように編成した「セルフアイデンティティ スルー ホ・オポノポノ(SITH)」を発表しました。

 モーナ女史の死後は、直接教わった KR 女史や、イハレアカラ・ヒューレン博士によって継承されています。

     基本的には、
     何か起きること (見る、聞く、遭遇する) = これは、全て記憶の再生である。
    ・だから、これを削除 (クリーニング、手放すことを) します。
     そして、ニュートラル (良いも悪いもない状態、反対はあっても対立はない状態) にします。
    ・ニュートラルの状態は、観照者 (観察するもの) の状態になります。
     観察するものと観察されるものが、一つである。二元性や分離と分断はない。
    ・私は、私として「私は在る。」観察するものは、自然にただ起きることを、見ているだけです。
    ・何か起きること (見る、聞く、遭遇する) = 記憶の再生は、自我=観察されるものになります。
    ・自分や家族に何か起きたときに、この遭遇したこと (問題) をクリーニングで解消します。

 

何か起きること (見る、聞く、遭遇する) 記憶を解消する

 以下は、手放すときの参考です。
・何か起きること (見る、聞く、遭遇する) 記憶を解消する。

    (注:始めに、自分の中に聞きます。)
    「私の中に、一体何が起きているのだろう?」
    「一体自分の中のどの記憶が、(   ) を (   ) させたのだろう?」

    (注:問題=記憶の再生である。それを手放そうと決めます。)
    「私は、自分のホ・オポノポノをいたします。」
    「そして、記憶を消去します。」
    (注:その結果。自分と他の人が幸福になることを決めます。)
    「そうすると、私は大丈夫な状態になります。」
    「私が自由になると同時に、宇宙の全ての人からその問題 (データ) が、解放されます。」

    ・ここで、手放す意欲を示します。
    ・誰かに起きたことでも、自分の中の記憶の再生であると認めて、責任を取ります。
    ・「責任を取る」とは、手放すということです。
    ・誰かに起きたことでも、これを削除 (クリーニング、手放すことを) します。
    ・常に、ニュートラルの状態 (観照者:観察するもの、観ているもの) の視点へ移動します。

    (注:この後、クリーニングツールを使う。)
    「ごめんなさい。愛している。許してください。ありがとう。」
    「I’m sorry. I love you. For giveme. Thank you.」
    「I’m sorry. I love you. Please For giveme. Thank you.」

    ・ここで、マントラとして、唱えます。言語は何語でもかまいません。

 

悔悟 (かいご) と許し

悔悟 (かいご) とは、
・自分のした事の悪かったことを認めて後悔すること。
許しとは、
・「聴し」とも書く:願いを聞き入れること。許可すること。
・「赦し」とも書く:罪・過失・無礼などをとがめないこと。

     個人には、4つの意識の状態があります。
    ・①普段の起きていて意識している状態と、②夜寝ていて夢を見ている状態は、自我です。
    ・③深い眠いの状態と、④「トゥリーヤ《turiya》(第四の意識状態)」は、真我です。

参考:サハジャ (sahaja) – 自然な状態 | 精神 (mind)・アドオンスポット
http://mind.add-spot.com/wp/sahaja-1
 サマーディのなかに永久的にとどまっていることが、サハジャ (自然な状態) である。サハジャ (sahaja) とは、自然な状態。本来の状態・真我の状態です。
 ラマナ・マハルシは、「サマーディ:samadhi」、「トゥリーヤ:turiya (第四の意識状態)」、「ニルヴィカルパ:nirvikalpa」は、みな同じ意味を示している。それは真我の自覚である。と言っています。

    「アハム (AHAM)」=「『私 (= I am. 私は在る)』という意識」
     「私は在る」という意識は、
    ・覚醒状態の肉体と、夢見状態の微細体と、熟睡状態の原因体の中に存続します。
     それは、この三つの状態のすべてを通 して存在し続けます。
    ・この三つの意識の状態のすべてに浸透しているものが、「私」(アハム:aham) なのです。

     「アハム (aham)」は、サンスクリット語で「私」という意味です。
    ・「私」が「私」に戻る場所としてアハム (aham) は存在します。

下記の図をクリックすると、拡大された「悔悟 (かいご) と許し」の図が表示されます。
Ho'oponopono

REPENTANCE AND FORGIVENESS
悔悟 (かいご) と許し

Infinice (無限) ‥‥‥Divine Intelligence (神聖なる存在) ‥‥‥真我
《 注:真我‥‥‥至高なるもの (Supreme – アヴィヤクタ:avyakta) 》
《 注:真我‥‥‥クンダリニー:真我を超える存在はありません。 》
 あなたは常に至高なるものであり、その至高なるものが、ある与えられた時間と空間において観照者として現れる。

③ 超意識 (アウマクア) ‥‥‥ Superconscious Mind (Aumakua) ‥‥‥観照者
《 注:観照者‥‥‥大いなる自己 (Self – ヴィヤクタ:vyakta) 》
《 注:キリスト意識‥‥‥天なる父 (I am. I am that I am. 私は在る。私はそれであるものである。):「私は在る」として現れます。「私は在る」は全ての原因です。》
 その観照者が、至高なるものの純粋な意識 (覚醒) と、個人の多様な意識の間に橋渡しをする (橋を渡す)。

① 意識 (ウハネ) ‥‥‥ Conscious Mind (Uhane) ‥‥‥個人 (個人の多様な意識)
《 注:個人‥‥‥自我 (Person – ヴィヤクティ:vyakti)、》
《 注:個人 (名前と形) ‥‥‥記憶 (名前と形) と自己同一化することで、全体 (唯一の実在) から分離していると信じます。 》

② 潜在意識 (ウニヒピリ) ‥‥‥ Subconscious Mind (Unihipili) ‥‥‥心 (マインド)
《 注:純粋な子供 ‥‥‥ インナーチャイルド (内なる子供)、無欲、無執着です。 》
《 注:心 (マインド)‥‥‥記憶 (データ) と習慣の脈絡です。 》


マハラジ:その個人は決して主体ではありません。 あなたは個人を見ることができますが、あなたはその個人ではありません。

 あなたは常に至高なるものであり、その至高なるものが、ある与えられた時間と空間において観照者として現れ、その観照者が至高なるものの純粋な意識 (覚醒) と個人の多様な意識の間に橋渡しをする (橋を渡す)

     純粋意識 (純粋な覚醒:プラグニャー:pragna) の光は、
    ・観照者 (自己、ジヴァートマ:jivatma) の中の「私は在る」、
    ・心 (マインド、アンタカラナ:antahkarana) を照らす意識 (チェータナ:chetana) 、
    ・身体 (デーハ:deha) を活気づける (生気を与える) 生命 (プラーナ:prana) に、
     焦点を合わせています。

 

ホ・オポノポノの悔悟 (かいご) と許しの図と説明

ホ・オポノポノの説明
 自分が見ている現実は、自分の記憶の再生である。その事実を、真摯 (しんし) に受け入れます。

     自分以外の人の病気や、不幸な出来事を見ることがあります。その時に、全ての人が「神聖なる存在」であり、「完璧な存在」である。しかし、自分には見えていない。それを、教えてくれている。と受け止めます。

 全ての人が「神聖なる存在」である。これを受け入れて、他の人を見ることができない、原因を消去してもらいます。

 自分が、ゼロになり、私にインスピレーションが来ると、見えていた他の人にも、インスピレーションが来て、その問題も消滅しています。自分が見ている現実の (注:原因の) 責任は、自分にあります。自分で、 (注:原因の) 責任を取るとは、この再生している記憶を手放す・「クリーニング (掃除)」することです。

 外には、何もありません。あるのは、私の中だけです。私の中で再生している記憶を手放す・「クリーニング (掃除)」すると、自分が見ている現実は、新しい他の記憶の投影に変わります。

下記の図をクリックすると、拡大された図が表示されます。
Ho'oponopono

    ① ウハネ…… 表面意識。
     私たちが日常で認識している意識で、ウニヒピリにとって母親のような存在。
     (注:意識して、活動している意識・「自我 (個我の私)」・意識している意識状態・観照者)
     注記:意識は、記憶と自己同一化している間は、純粋意識ではないのでマインドの制限を受けています。「私は在る」に意識を合わせて、「観照者」として起こることを観察するようになると、自己同一化は消えていきます。幸福と自由を感じることが増えます。
    《 注:個人‥‥‥自我 (Person – ヴィヤクティ:vyakti)、》

    ② ウニヒピリ……潜在意識。
     全ての記憶を貯蔵している。インナーチャイルド。3歳の子供のような存在。
     (注:潜んでいるが、活動している意識・無意識・意識していない意識状態・「心 (Mind)」)
    《 注:純粋な子供 ‥‥‥ インナーチャイルド (内なる子供)、無欲、無執着です。 》

    ③ アウマクア……超意識。
     ウニヒピリから届いたクリーニングの働きを、神聖なる存在に届ける。父のような存在。
     (注:ハイアーセルフ・気づき・「知覚している存在 (私)」・「私は在る (I AM)」)
    《 注:観照者‥‥‥大いなる自己 (Self – ヴィヤクタ:vyakta) 》

    ④ 神聖なる存在…… すべての存在の源。
     ホ・オポノポノのプロセスを実行し、記憶を消去してくれる存在。
     (注:無・真我・沈黙・「純粋なる存在 (One)」)
    《 注:真我‥‥‥至高なるもの (Supreme – アヴィヤクタ:avyakta) 》

    注記:
     観照 (かんしょう) とは、主観を交えず、対象のあるがままの姿を眺めること。冷静な心で対象に向かい、その本質をとらえること。 「人生を-する」

     「ウハネ・ウニヒピリ・アウマクア・神聖なる存在」は、統合され全ては、ひとつです。分離は、ありません。「純粋なる存在 (One)」は、ひとつの生命・愛・意識です。それ (One) は、愛の力ですべてを溶かします。

 

解放する前提となるジニャーニの知識

Talks with Sri Nisargadatta Maharaj:I_Am_That_13 より概要です。

    13. The Supreme, the Mind and the Body
    13. 至高なるもの、マインド、身体


    ・個人というものは存在しません。あるのは、記憶と習慣の脈絡だけです。
    ・真我を実現した瞬間、個人は消え去る。個人は、観照者のマインド (心) に写った「私は在る」という感覚であり、存在の一つの様式です。
    ・ジニャーニ (真我を実現した存在) は、至高なるものです。そして、普遍的観照者でもあります。
     
    ・究極なるものだけが存在する。
    実在は、名前も形もない純粋な生命のエネルギーと意識の光だと理解した時、あなたは実在の深い静寂に浸り平和の内にあることだろう。

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