「私は在る」という感覚

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「私は在る」という感覚

I Am That – ニサルガダッタ・マハラジ 1 「私は在る」という感覚

 「私は在る」という感覚をどう知覚するか?

 真我から、心 (マインド・自我) は、生まれました。現実という夢を見ています。この夢から覚めるには、「私は在る」という感覚を、心 (マインド・自我) に確立します。

 真我 (「私は在る」) = 「私は在る」という感覚 (心 (マインド・自我) に確立した) になり、共鳴します。

 この方法で、無意識にある前提や思い込み (執着や険悪の感情や考え) を、書き換えます。この方法では、小さな成功体験を繰り返すことで、自信になり確信を持つようになります。

「私は在る」という感覚

「私は在る」という感覚 

    (00:01~00:15) 質問者:「毎朝、目覚めとともに世界が突然現れるのは、日々、体験することです。それは一体、どこからやってくるのでしょうか?」

    (00:16~00:33) マハラジ:「何かが現れる前に、それに対する誰かがそこにいなければならない。すべての出現と生滅は、何か変わることのない背景に対する変化を前提としている」。

    (00:34~00:40) 質問者:「目覚める前、私は無意識でした」。

    (00:41~00:58) マハラジ:「どういう意味だろう? 忘れてしまったのか?それとも体験しなかったのだろうか?たとえ無意識のときでも、あなたは体験しないと言えるだろうか?」
    (00:59~01:14) 「記憶の忘却、それが存在していないことの証明になるだろうか?あなたが存在していなかったと、実際の体験として語ることができるだろうか?」

    (01:15~01:36) 「マインドが存在しなかったと言うことさえできない。呼びかけられてあなたは、目を覚ましたのではなかったか?そして、目覚めて、最初に起こった感覚が「私は在る (I AM)」ではなかっただろうか?」
    (01:37~01:55) 「眠り、または気絶の間にも、意識の種子は存在していたはずだ。目覚めの時の体験は、「私は在る ⇒ 身体 (注:五感で知覚した肉体の感覚) ⇒ 世界 (注:現実だと認識している夢)」と、つながっていく」。

    (01:56~02:18) 「それは、連続して起こるように見えるが、実際には、世界の中で身体を持つという、一つの観念としてすべて同時に起こるものだ。誰かとして在ることなく、「私は在る」という感覚が、ありうるだろうか?」。

 

「I Am That:ニサルガダッタ・マハラジ – 1 「私は在る」という感覚

 YouTube の動画です。

「私は在る」という感覚

 I Am That ニサルガダッタ・マハラジ1 「私は在る」という感覚 – YouTube
https://youtu.be/1KOIVpnRztw

artmnet0
 (https://www.youtube.com/channel/UCWcmOzVGya4x1jTd3rGrIAg)
Published on Nov 27, 2015 (11:13)
Talks with Sri Nisargadatta Maharaj
 初見で流し読み。
参考図書:アイ・アム・ザット 私は在る―ニサルガダッタ・マハラジとの対話: スダカール・S. ディクシット, Sudhakar S. Dikshit, Maurice Frydman, モーリス フリードマン, 福間 巌


    (01:15~01:36) 「マインドが存在しなかったと言うことさえできない。呼びかけられてあなたは、目を覚ましたのではなかったか?そして、目覚めて、最初に起こった感覚が「私は在る (I AM)」ではなかっただろうか?」
    (01:37~01:55) 「眠り、または気絶の間にも、意識の種子は存在していたはずだ。目覚めの時の体験は、「私は在る ⇒ 身体 (注:五感で知覚した肉体の感覚) ⇒ 世界 (注:現実だと認識している夢)」と、つながっていく」。

    (01:56~02:18) 「それは、連続して起こるように見えるが、実際には、世界の中で身体を持つという、一つの観念としてすべて同時に起こるものだ。誰かとして在ることなく、「私は在る」という感覚が、ありうるだろうか?」。

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商品の説明


内容紹介

覚醒の巨星、本邦初訳!
ラマナ・マハルシの「私は誰か?」に対する究極の答えがここにある
あなたはただ世界という夢を見ているだけだ

1973年の初版以来、現代随一の聖典と絶賛され、
読み継がれてきたニサルガダッタ・マハラジの対話集です。

本書が火付け役となって、世界中からあらゆる宗派の探求者、
大勢のラマナ・マハルシの帰依者たちが、
大都市ボンベイ(現ムンバイ)の貧しい地区にある、
ニサルガダッタ・マハラジのつつましい住まいに押し寄せました。

聖典から引用することなく、当意即妙に、直接純粋意識の源から湧き上がる言葉で
真髄を語る彼の教えは、現代に生きるウパニシャッドと謳われました。
世界中の、真摯に真理の探究者たちの間でバイブル的な地位を築いてきた、
彼の教えが不滅であることを示す対話の記録がここにあります。

彼はあなたが世界と「私は在る」の本性を見ることを助けます。
彼は私たちが誠実に、強烈な集中をもって身体とマインドの働きを学ぶよう駆りたて、
それによって私たちが身体でもマインドでもないことを認識し、
それらを捨て去ることができるように、それがあなたの住処となり、
それ以外何も存在しなくなるまで、
何度も何度も「私は在る」へと戻ってくるように提案します。
「私は在る」というひとつの限界としての自我が消え去るまで。

探求者とは自分自身を探している人だ

「私は誰か?」以外のすべての質問を放棄しなさい
結局、あなたが確信できる唯一の事実とは
あなたは在るということだけだ
「私は在る」は確かだ
「私はこれだ」は確かではない
真実のあなたとは何なのか
それを見いだすために努めなさい
あなたが何なのかを知るために
あなたが何ではないかを知りなさい
あなたではないものすべてを発見しなさい
身体、感情、思考、時間、空間、あれやこれ・・・
具象であれ、抽象であれ
あなたに知覚できるものはあなたではない
知覚するという行為そのものが
あなたの知覚するものが
あなたではないことを示している
マインドのレベルにおいては
あなたは否定的言語によってしか描写できない
ということをより明確に理解するほど
あなたの探求はより早く終焉を迎える
そして、あなたが無限の存在であることを悟るのだ

シュリー・ニサルガダッタ・マハラジ

出版社からのコメント

私は在る。
そして私が在るゆえにすべては在る。
「私は誰か?」という質問に答えはない。
いかなる体験もそれに答えることはできない。
なぜなら、真我は体験を超えているからだ。

シェリー・ニサルガダッタ・マハラジ

内容(「BOOK」データベースより)

ラマナ・マハルシの「私は誰か?」に対する究極の答えがここにある。1973年の初版以来、現代随一の聖典と絶賛され、読み継がれてきたニサルガダッタ・マハラジの対話録、本邦初訳。

著者について
シュリー・ニサルガダッタ・マハラジ Sri Nisargadatta Maharaj

1897年4月17日-1981年9月8日 インドのムンバイ(旧:ボンベイ)生まれ。
子供のときの名前は、マルティ・シヴラムパント・カンブリ(Maruti Shivrampant Kambli)。
紙巻きたばこ、手巻きたばこの小売店を営んでいた。
1924年にスマティバイと結婚し、3人の娘と1人の息子がいた。

    1933年、シッダラメシュヴァール・マハラジ(Siddharameshwar Maharaj)に師事した。
    師は、「私は在る」(I AM)という感覚に意識を向けさせた。

2年半後に師は亡くなり、1937年インドを旅してまわった。その旅で悟りを得た。
その後、ムンバイに戻り生計のため小さな店を維持し続けた。

1951年から教え始めた。
1966年に店から引退した後、1981年9月8日、84歳で喉の癌で死ぬまで、
1日2回対話の機会を持ち、彼の家で訪問者を受け入れて教え続けた。

1973年に出版された”I AM THAT”
(邦訳は『アイ・アム・ザット 私は在る』2005年、ナチュラルスピリット刊)は、
北米とヨーロッパで認知され支持者を獲得した。

(マラティー語からの英訳)
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
モーリス・フリードマン

1900年、ポーランド生まれ。1930年代にインドに亡命。
マイソールでエンジニアとして働きながら、
マハートマ・ガンディー、ジャワハルラル・ネルー、
J・クリシュナムルティ、ラマナ・マハルシと親交を結ぶ。

    1970年代はじめに、ニサルガダッタ・マハラジに出会う。
    『アイ・アム・ザット 私は在る』を通してマハラジを世界に広めた。
    1984年、インドにて逝去

(翻訳)
福間/巌
1960年、萩市生まれ。1歳より東京、横浜。1974年年より北鎌倉臨済宗円覚寺にて参禅。
’79年、インドにてラマナ・マハルシの教えにであう。
玉川学園大学英米文学部卒業後、米豪欧にてデザインの仕事に従事。
長年インドに滞在し、多くの聖賢と出会う。
ラマナ・マハルシ、プンジャジを師とする
(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)

登録情報

単行本(ソフトカバー): 577ページ
出版社: ナチュラルスピリット (2005/6/1)
言語: 日本語
ISBN-10: 4931449700
ISBN-13: 978-4931449701
発売日: 2005/6/1
梱包サイズ: 20.4 x 14.8 x 3.8 cm


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