1-「私は観照者にすぎない」

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1-「私は観照者にすぎない」

開放する習慣を身につける-1

 「私は観照者にすぎない」という見方を常に維持します。これは、今体験していることは、「夢であると断言すること」です。それを実践した、タミル ナードゥ出身のラニ スッブラマニアム女史の回想録があります。

    神聖なる師に魅了される瞬間
     60 年間近く敬虔で信心深い帰依者であった、タミル ナードゥ出身のラニ スッブラマニアム女史 (訳注:2012 年 12 月 1 日逝去) が、バガヴァン ババ様のもとを訪れたのは、早くも 1950 年のことでした。

     現在 85 歳で (2008 年 4 月時点)、バガヴァンは親しみを込めて彼女のことを「ラニ マー」と呼ばれていました。彼女の人生は、往年のきらめく体験の宝石箱でした。

     これは彼女の素晴らしい回想録の第三部です。第一部、第二部を読まれる方はこちら 第1部 第2部 をクリックして下さい。

    第1部:http://www.sathyasai.or.jp/mmg_cnt/20130909/ranimaa1.pdf
    第2部:http://www.sathyasai.or.jp/mmg_cnt/20131014/ranimaa2.pdf

    ラニ マー女史へのインタビューより
    第 3 部 抜粋です。

    「あなたが正しいことを願っているのであれば、私は必ずあなたを助けます。あなたが世俗的なものを望んだとしても、それもあなたに与えますが、再度あなたはマーヤー (妄想)、迷妄に巻き込まれるでしょう。
     しかし、あなたが望むのであれば、私はすべてが夢である(と自覚できる)経験をあなたに与えましょう。そして、それ (迷妄) があなたに影響を及ぼすことはないでしょう」

    注記:以下より、抜粋しました。

    夢であると断言すること

 このような方法で、無意識にある前提や思い込み (執着や険悪の感情や考え) を、書き換えます。この方法では、小さな成功体験を繰り返すことで、自信になり確信を持つようになります。

神聖なる師に魅了される瞬間

ラニ マー女史へのインタビューより
神聖なる師に魅了される瞬間 第 4 部 より抜粋です。
http://www.sathyasai.or.jp/mmg_cnt/20131225/oversea.pdf

     「私が霊的に近づくとき、私は身体的にはあなたと非常に距離を置くでしょう。なぜなら、あなたは私の真の性質(本質)を認知したからです。そのために私は来たのです!

     私の主要な使命とは、内なるグルを目覚めさせることです。内なるグルは外側にはいません。外側のグルから始まりますが、その外側のグルが内なるグルへと導くのです

神聖なる師に魅了される瞬間 第 5 部 より抜粋です。
http://www.sathyasai.or.jp/mmg_cnt/20140228/oversea.pdf

     かつて、スワミはおっしゃいました。

     「ラニ マー、私に言わせれば問題など存在していません。問題とは認識の誤りです。あなたは非真実であるものを見ています。あなたは問題を超えたところに存在しているのですが、その事実に気づいていません。なぜなら、あなたはまだその意識の段階にまで達していないからです。そのためあなたは自分が身体であるという白日夢に耽っているのです。

     すべての体験はあなたの身体意識が唯一の原因です。あなたはすべての体験を身体のレベルで判断しています。スワミは身体意識に関する問題を抱えている者たちを助けるために降臨したのではありません。明日には何らかの病気や惨事が起こるかもしれません。しかし、それらはあなたの身体意識に属することです」

 

シルディのサイ・ババについて

「サティヤ サイ ババ | シュリ サティヤ サイババ」より抜粋です
https://www.sathyasai.or.jp/home/sathyasai/

    注記:全ての聖者の経験は、私 (I am.) の経験です。ジニャーニは一つです。
    ・個人というものは存在しません。あるのは、記憶と習慣の脈絡だけです。
    ・真我を実現した瞬間、個人は消え去る。個人は、観照者のマインド (心) に写った「私は在る」という感覚であり、存在の一つの様式です。
    ・ジニャーニ (真我を実現した存在) は、至高なるものです。そして、普遍的観照者でもあります。

 シルディのサイ・ババは、ガンガバヴァディヤとデーヴァギリアンマという夫婦のもとに、1838年9月27日に、マハーラーシュトラのパトリという辺鄙な村に生まれました (1992年9月27日の御講話より)。

 父はその子が生まれるとすぐに、世俗に対する強い捨離の念にかられて森へ隠遁することを決意したのでした。デーヴァギリアンマは信心深く夫に従い、生まれたばかりの赤子は自然の手に委ねられました。捨てられた子の世話は、4歳になるまで、ある敬虔なイスラム教徒とその妻が見ていました。

 二人はその子をゴパールラーオ・デシュムク (別名ヴェーンクシャ) という霊性の師に渡しました。1851年まで、ババはシュリ・ヴェンクーシャのアシュラムにいました。1851年のある夜、ババはシルディにやって来ました。けれども、2か月滞在しただけでそこを立ち去りました。

 ババは、1858年に再びシルディへ戻ると、60年の長きにわたってそこに滞在したのでした。1918年にその限りある肉体を脱ぎ捨てる直前、シルディ・ババは、8年後に、マドラス行政区に再び生まれ変わることを幾人かの帰依者たちに告げました。

 1926年に生まれたシュリ・サティヤ・サイ・ババは、自らがシルディ・ババの生まれ変わりであると宣言したのでした。

 サティヤ・サイ・ババが、自らのことを語るときは必ず「私の前の体」であったシルディ・ババというふうに語ります。ババは、しばしば帰依者たちに、前世の体ではいかに人々と接し、どのような状況にいかに対処したのか、ある事柄の意味を明らかにしようとするときどのような説明をしたのか、どんなことを聞かれたのかなどといった事柄を語ります。

 シルディ・ババの帰依者の多くが、二人のサイが一つであるという確信を持つような体験をしています。

 

対策-1-ホ・オポノポノでクリーニングをする

 観照者の状態になるには、まず、記憶から来る思考や感情を、常にニュートラルの状態にします。

 以下は、実際にクリーニング (手放したとき) の内容です。

     問題:ギックリ腰を起こした時にしたクリーニングです。

    「私の中に、一体何が起きているのだろう?」
    「一体自分の中のどの記憶が、(ギックリ腰) を (起こ) させたのだろう?」
    「私は、自分のホ・オポノポノをいたします。」
    「そして、記憶を消去します。」
    「そうすると、私は大丈夫な状態になります。」
    「私が自由になると同時に、宇宙の全ての人からその問題が、解放されます。」
     (注:この後、以下のマントラを繰り返しました。)
    「I’m sorry. I love you. For giveme. Thank you.」
     (注:ここで唱えるマントラの言語は、何語でもかまいません。)

 

マントラはあなたに作用し、周囲の環境に作用します

マントラは、目的地へ行く道です。これを信頼します。
マントラは、最初のエネルギーを与える。
真我は、それを具現化する。
・マントラは主に、作用における最初のエネルギーです。
・それはあなたに作用し、あなたの周囲の環境に作用します。

 

解放する前提となるジニャーニの知識

Talks with Sri Nisargadatta Maharaj:I_Am_That_13 より概要です。

    13. The Supreme, the Mind and the Body
    13. 至高なるもの、マインド、身体


    ・個人というものは存在しません。あるのは、記憶と習慣の脈絡だけです。
    ・真我を実現した瞬間、個人は消え去る。個人は、観照者のマインド (心) に写った「私は在る」という感覚であり、存在の一つの様式です。
    ・ジニャーニ (真我を実現した存在) は、至高なるものです。そして、普遍的観照者でもあります。
     
    ・究極なるものだけが存在する。
    実在は、名前も形もない純粋な生命のエネルギーと意識の光だと理解した時、あなたは実在の深い静寂に浸り平和の内にあることだろう。

Talks with Sri Nisargadatta Maharaj:I_Am_That_22 より概要です。

    22. Life is Love and Love is Life
    22. 生命は愛、愛は生命


    質問者:マントラが唱えられるとき、まさに (実際に) 何が起こりますか?

    ・マントラの音が、形を作り出し、それが、真我 (大いなる自己:Self) を具現化 (体現) する。
    ・真我 (大いなる自己:Self) は、いかなる形も具現でき、 — それを通して作用する。
    ・真我 (大いなる自己:Self) は、作用の中にそれ自身を表現して、 — マントラは、作用における最初のエネルギーです。
    ・そのエネルギーはあなたに作用し、そしてあなたの周囲の環境に作用します。

 

解放する前提となるホ・オポノポノの知識

記憶が再生される過程です。
・感情に満ちた性質の思考が、ウハネ (意識) によってされた時、
 (注:何かが起きた時、何かに遭遇した時。何かを見たり、聞いた時。)
・この思考は、ウニヒピリ (心・潜在意識) に記録され、
 (注:何度も起きることは、習慣化される。)
・現実化されるために、アウマクア (宇宙的自己) に示されます。
 (注:宇宙は、反応します。そのことが、起こります。)
その思考がより強く、より粘り強いものであればあるほど、より明確にそれは出現する。
 (注:習慣になった思考に気づくたびに、クリーニングを繰り返して、記憶を消去します。)

● witness – 記事一覧 ●

http://add-spot.com/wordpress/tag/witness

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